馬籠宿
飯田で夫の友人と分かれたのが3時半-
そこから、峠を越えて馬籠宿まで行こうというのは、かなり無謀だったと今更ながら思います・・・
普通にアクセスするのなら、中央高速で近くまでくるのでしょうが、私たちは飯田から山越えをしたので・・・
昼神温泉、清内路峠と超えたのですが、飯田にはなかった雪がどんどん深くなってくる・・・
道の脇には除雪車でよけられた雪が壁になっています。カーブにはしゃりしゃりと凍りかけた雪が残っていて、この道を夜に通るなんて、怖すぎてできませんです
こうして4時半近くだったでしょうか、ようやく馬籠宿の駐車場まで着きました。
あとは日のあるうちに、ひとまわりしてきましょう。
こんな感じの石畳の坂が続きます。
民宿、御土産物屋さん、飲食店がならびますが、その間に混ざってもう営業はしていない普通の民家もあります。でも、昔の面影を残す作りになっていて、現在の表札とともに、当時の屋号もちゃんと出ています。
ここで日常生活を送るって、すごく大変じゃないかと思うのです。住んでいらっしゃる方の努力のたまものです。
私たちがついたとき、まだカメラを手にした観光客の姿もありましたが、
やはりオフシーズン、早々にお店を閉めてしまったところが多かったです。
そんな中まだ開いてたお店がこちら。
道中おやき 嶋屋
さんのおやきは蒸したてでした。
やはり一番人気は「野沢菜」のようです。
馬籠宿は、島崎藤村の出身地でもあります。
(没したのは神奈川の大磯ですが)
藤村記念館がありますが、既に閉まってまして・・・入り口の雪灯篭だけ撮ってきました。
この冬は豪雪の話ばかりききますが、
関東はカラッカラで雨もほとんど降りません。
娘は今シーズン初めての雪に喜んでいました。・・・素手で雪をつかまないでくれ。
ところで、馬籠宿が全国的に話題になったのが、2005年だそうです。
以前、ここは「長野県 山口村」だったのですが、長野県とはいっても県庁所在地も遠く、車で少し走れば中津川の市街地に行ってしまい、文化的にも完全に岐阜県でした。
合併前には馬籠宿にある郵便局が大賑わいとなったそうです。
さて、そろそろ帰らなくてはいけません。馬籠には1時間も滞在しなかったかな。
昔の宿場町からあっという間に現代の市街地に降りてきて、中央道の中津川インターから入ります。
つまり、岐阜県から神奈川県まで運転しなければならないのです・・・
帰宅したのは、夜11時半でした。
この2日間で走破したのは、
2日間の走行距離は、800kmを越えました!夫よ、お疲れさまでした~