リレー・フォー・ライフ 横浜
ここ数年の間に日本各地に急速に広がっている「リレー・フォー・ライフ」が横浜で開催されたので、15日に半日?!だけでしたが参加してきました。
「チームVOL-Net」は 2007年お台場、2010年千葉に続いて3回目の参加、チームテント内で「出張プチVOLサロン」を設けました。
リレー・フォー・ライフとは…
がんサバイバー、ケアギバー(家族、遺族、支援者)を讃え、地域社会全体でがんと闘うための絆を育むための、啓発サポートキャンペーンです。1985年にアメリカ・ワシントン州シアトル 郊外で、アメリカ対がん協会のゴルディー・クラット医師が始めたこの催しは、参加者がリレー方式で24時間歩きながら寄付を募る形式で定着し、現在は全米約5,000カ所、世界20カ国で開催されています。 一人で24時間歩き続けるわけではなく、がん患者や家族、支援者がチームを作り、交代で歩き続けます。24時間、チームを組んでともに歩き続けるなかで、参加者の間にがんと闘う連帯感が生まれます。
今年の横浜でのリレー・フォー・ライフはこれまでの新横浜から場所を移し、山下公園での開催となりました。
相変わらず残暑が厳しすぎる昼間、私が娘と一緒に会場に着いたのは2時頃でした。お昼まで用事があって、それが終わってから来たので、テント設営や開会式、そして最初のイベント「サバイバーズ・ラップ」(がん体験者だけしか歩けない最初の一周)には参加できなかったのですが、とりあえず暑すぎるので、歩くのは涼しくなってからにして、いろんなイベントをのぞくことに。
ステージではトークショーや地元の中学校のブラスバンド、ママさんコーラスなどのステージがあったり、医療関係、病院関係の方々によるテントではがん相談などやっていました。乳がん検診もやっていたようです。
また、医療関係の方や患者会、協力企業によるマッサージやリラクゼーションのブースや、食べ物、飲み物の屋台があったり、地元の大学のラグビー部がこども向けの体験会を開催、それらの参加費として集まったお金は、がん医療のためや患者・家族の方々を支えるために寄付されます。
私は娘と一緒にアロマオイルを使ったバスソルトの作成やハンドマッサージ、横浜歴史博物館が出展したブースでの「勾玉作り」やネイルなどをしてもらいました。そうこうしているうちにようやく夕方になったので、リレーウォークも歩いてきました
暗くなるころ、ルミナリエが灯されます。
「チームVOL-Net」は 2007年お台場、2010年千葉に続いて3回目の参加、チームテント内で「出張プチVOLサロン」を設けました。
リレー・フォー・ライフとは…
がんサバイバー、ケアギバー(家族、遺族、支援者)を讃え、地域社会全体でがんと闘うための絆を育むための、啓発サポートキャンペーンです。1985年にアメリカ・ワシントン州シアトル 郊外で、アメリカ対がん協会のゴルディー・クラット医師が始めたこの催しは、参加者がリレー方式で24時間歩きながら寄付を募る形式で定着し、現在は全米約5,000カ所、世界20カ国で開催されています。 一人で24時間歩き続けるわけではなく、がん患者や家族、支援者がチームを作り、交代で歩き続けます。24時間、チームを組んでともに歩き続けるなかで、参加者の間にがんと闘う連帯感が生まれます。
今年の横浜でのリレー・フォー・ライフはこれまでの新横浜から場所を移し、山下公園での開催となりました。
相変わらず残暑が厳しすぎる昼間、私が娘と一緒に会場に着いたのは2時頃でした。お昼まで用事があって、それが終わってから来たので、テント設営や開会式、そして最初のイベント「サバイバーズ・ラップ」(がん体験者だけしか歩けない最初の一周)には参加できなかったのですが、とりあえず暑すぎるので、歩くのは涼しくなってからにして、いろんなイベントをのぞくことに。
ステージではトークショーや地元の中学校のブラスバンド、ママさんコーラスなどのステージがあったり、医療関係、病院関係の方々によるテントではがん相談などやっていました。乳がん検診もやっていたようです。
また、医療関係の方や患者会、協力企業によるマッサージやリラクゼーションのブースや、食べ物、飲み物の屋台があったり、地元の大学のラグビー部がこども向けの体験会を開催、それらの参加費として集まったお金は、がん医療のためや患者・家族の方々を支えるために寄付されます。
私は娘と一緒にアロマオイルを使ったバスソルトの作成やハンドマッサージ、横浜歴史博物館が出展したブースでの「勾玉作り」やネイルなどをしてもらいました。そうこうしているうちにようやく夕方になったので、リレーウォークも歩いてきました
暗くなるころ、ルミナリエが灯されます。
旅立った家族へ、闘病している仲間へ、患者自らの願い…会場に集う人々の願い”HOPE”の光が会場を包みます。それはとても幻想的な風景で、昨年の大震災を経てからのいろいろな思いと重なって、なんだか胸に迫るものがありました。
その光の中、メインステージでは、旅立った夫への想いをこめた「エンプティ・テーブル」の詩の朗読や、静かに流れるサックスの演奏…患者(サバイバー)、家族、支える人たち、そしてがん医療やそれをとりまく環境がもっともっと希望あふれるものになってほしいという願いを込めた時間が流れます。
やがて7時にー
氷川丸がおごそかに汽笛を鳴らします。
そして、HOPEのライトアップが船に浮かび上がりました。
そして、なんとマリンタワーがリレー・フォー・ライフのテーマである紫色にライトアップしました。
とてもヨコハマらしさがいっぱいのリレー・フォー・ライフ、たくさんの“HOPE“に囲まれて力が出てきたような気がしました。
ステージでは、ゴスペルの賑やかな歌声が聞こえ始めましたが、私は今年はここで切り上げて撤収です。
山下公園を訪れた人々にも、がん医療に対する理解、啓発となって、それらを特別なことでなくとらえていただけたらと思います。
その後は中華街に出てー
最近のちょっとギクシャクした日中関係を感じさせない賑やかな通りを歩き、横浜大世界でパンダグッズを買いました。